人違い

ある男が、夜中の2時過ぎ、小料理屋でカウンターに座って一人で飲んでいた。すると、奥の方から、女の子が2人立ち上がって、出口の方に近づいて来た。もうこの店を出るので、支払いに来たような感じだった。
 
恰好からして完全に飲み屋のお姉さんだった。自分たちの店が終わって、帰りにここでちょっと食べて帰る、といったところだ。
 
そのコたちが彼の横に来た時、
「あー、久しぶりい!」
と声をかけてきた。
 
「は?」
「今日、飲みに出てたんだったら、何でうちの店に来(こ)んの?」
 
と言われたが、彼は全然そのコたちを知らない。そのコたちの店によく飲みに来る、お客の誰かと間違えているようだった。
 
「すいません。どちら様でしょうか?」
 
と彼が聞くと
「とぼけるかね、普通。今日、うちの店に来なかったくせに。どこかよその店に行ってたんでしょーが。」
「ねえ、せっかく会ったんだから、ここの私たちの勘定、代わりに払ってよ。」
と、2人が言ってくる。
 
(確かに知り合いの飲み屋の女の子とばったり同じ店で出会ったら、勘定を代わりに払ってやる男は結構いるが)
 
「いや、人違いだと思います。」と彼も言ったが
 
「この間、ここに一緒に飲みに来たでしょーが!」
「いや、そんな事実はありません。」
 
「今日、うちの店に来なかったんだから、ここの勘定くらい代わりに払ってくれてもいいでしょう!」
「だから僕はあなたたちのことを知りませんって。誰かと間違えてるんじゃないですか?」
 
と彼も言うが、女の子たちもガンとして『知り合い』だと言い張る。人違いかも知れないという考えは微塵もない。
 
10分以上交渉して
「知らない人の勘定を払ってあげるような筋合いはありません!」
と彼がきっぱり言うと、ようやく諦めたようだったが、その代わりに女の子たちも激怒した。
 
「もう、ええわい、ドケチ!」
「二度とうちの店来るな!」
「死ね、バカ!」
 
とボロクソに言って自分たちで払って店を出て行った。
 
「何なんやー!あの女は!一体、どこの何モンじゃっ!」
 
と、彼も大分、頭に来たみたいだ。知らない女にたかられて、断ったら怒って怒鳴られた。
 
確かに勘定全般、男が払うのが普通かも知れないが、それが当たり前だと思っている女は、払ってくれないと頭に来るみたいだ。これも一種の感覚の慣れかも知れない。

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