遠隔同行
一軒一軒家庭を訪問しては、その家の人を口説いて、商品を売って歩くセールスマン。だが知らない家を訪問するわけだから、そうそう簡単に売れるものではない。ある社員は、実績ゼロがすでに二週間続いていた。
一ヶ月トータルするとやっぱり社員によって差がつく。デキる人間とデキナい人間との差はやはり訪問先での会話であろうか。
先の社員が、その日も同じように仕事をしていると、会社から携帯に電話がかかってきた。電話に出ると所長からだった。
「今、仕事中だろ? お前が実績がゼロ続きなのは、多分、会話に問題があるせいだろう。このまま携帯を切らずに、家を訪問してみろ。どういうことを喋っているか、ワシがこれからチェックしてやる。」
言われる通り、携帯をつなぎっぱなしにして胸ポケットに入れ、次の家を訪問する。会話は携帯を通じて、そのまま所長に聞かれる。
最近の携帯はやっぱり抜群に感度がいい。少々離れた所から人が喋っていても、みんな拾ってくれる。
一軒断られるたびに「今のどうでした?」と聞くと「早口過ぎる」とか「人間関係を作ってないうちから売りこみ過ぎ」とか「押しが弱い」「世間話が少ない」「うちとけてから商品の説明を始めろ」などと注意が返ってくる。
一軒断られて次の家に行く時も、聞かれていることを意識して解説しながら歩く。「あぁ・・今の家、留守でした。次に行きます。玄関まで20メートルくらいです。あ・・犬がいます。吠えられるかも知れません。」
はたから見ると、大きな声で一人ごとを言いながら歩いているようにしか見えない。
一時間で7~8軒くらいは会話出来る家があっただろうか・・。そのうち、「今のどうでした?」と聞いても所長から返事が返ってこなくなった。多分昼になったので、受話器を置きっぱなしにしてメシでも食ってるんだろう。
だがまたいつ聞かれ始めるか分からないので、気は抜けない。自分もメシを食いたいが食うわけにはいかない。やられる方としては、これは携帯電話の悪用以外のなにものでもない。