隣のデッドリフト
Aさんが、公共のトレーニング施設でデッドリフトをしていた。しばらくするとそこへ高校生が2人入って来て、ちょっとの間Aさんを見ていたが、隣で同じようにデッドリフトを始めた。
広い所だったので別に邪魔にはならなかったが、その高校生たちはAさんのやることを見て真似を始めたようだった。さすがに重量は軽いものからスタートしていた。
Aさんの見たところによると、高校生たちはまるで初心者。今日初めて始めてデッドリフトをしてみたようだった。
ちょっと見かねてアドバイスでもしようかと思っていたところへ、ベテラントレーニーの、別の人が登場した。
「ねえねえ、そういうやり方してると腰痛めるよ。デッドリフトは今日初めて?」
と話しかけてきてコーチを始めた。
コーチの間、「はい、分かりました!」「やってみます!」と、純真そうな返事が聞こえる。
何の種目でもそうだが、何年もやってると、その人なりのスタンスとかフォーム、セットの組み方などが固まってきて、自分なりのやり方が確立されてくる。そしてそれは、何年か前に自分がやっていたことと比べると、ずいぶんと変化していることが多い。Aさんの場合もそうだった。
ところが隣で教えてる人は、全くの初心者に教えているわけだから、まず怪我をしないように、ということを重視して、ごく軽い重量で正当な理論を教えている。
100何十キロを引っ張るAさんのやってることと、あちこちが微妙に食い違う。だいたいAさんはワイドスタンスで脚を大きく広げてやっていたが、隣で教えているのはナロウスタンスで、脚を閉じたフォーム。ここからして大きく違う。
Aさんが次のセットに入ったが、高校生たちが自分をじーっと見ているのが分かる。
視線を意識して、マックスの170kg×1回に挑んだ時、一瞬動きが止まったものの、「落とすわけにはいかん」と、反動つけてしゃくり上げて何とか上まで引っ張り上げた。
インターバルの間は素知らぬ顔をして、よそを向いていたが、
「重量にはこだわらないで、正しいフォームでやることが大事だからね。」
という言葉が聞こえてきた。これではまるでAさんが、重量だけにこだわってメチャクチャなフォームでやっているようではないか。もちろん、向こうはそんな意味で言ったのではなく、初心者に対するアドバイスとして言ったわけだが。
高校生たちがアドバイスを受けるたびに、Aさんの方をちらちらと見る。
いかにも
「この人、間違ったやり方してる。」と心の中で思われているようだった。
もう、やりにくくってしょうがない。かといってこっちから話に割り込んだらインネンつけてるように思われる。
あまりにも居心地が悪くなったので、本当はもう1セット残っていたのだが、Aさんは早々に中止して片付けた。
「結局最後の1セット出来んかった。あれは絶対、嫌がらせだろう!」
と後で自分に語ってくれたが、いや、別に嫌がらせではないと思うんですが。