ちょっと感動した話

ある女の子が、仕事から帰って急いで出かける準備を始めた。会社の付き合いですっかり遅くなってしまった。時間は23時過ぎ。彼女がこれから向かうのは、あるカラオケ喫茶。
 
ごくたまにしか行かないが、そこの経営者夫婦の人柄が好きでたまに行っている。今日はその経営者夫妻の赤ちゃんが満1歳の誕生日ということで、店を貸し切りにして常連客と誕生日パーティをやると聞いていた。
 
だがこの赤ちゃんが問題で、生まれつき病気があるとかで、ずっと生存していくことは不可能だという。
 
だからずっと入院中で、一ヶ月ぐらい前に聞いた話では、『あと一ヶ月もつかどうか分からない』ということだった。その「一か月後」というのが今日。果たして誕生日まで生きていられたのだろうか。。
 
誕生日の日は病院に外出許可をもらって、家で一泊させてもらえるようになっているという。
 
気になりながら彼女も、プレゼントのおもちゃも買ってあるのですぐに出発。誕生日パーティなのだから日付が変わっていてはあまり価値がない。どうしても今日中に、ということで急いで行った。そして無事店に到着。時間は23時58分。
 
ギリギリだった。間に合った。
 
店の前まで来ると、中から大勢の話し声が聞こえ、笑い声が聞こえてくる。いかにもパーティをやっているような雰囲気だ。
 
「赤ちゃん、無事に帰ってこれたんだ。」そう思って店のドアを開け
 
「すいません、こんな遅くから!お誕生日おめでとうございます!」と言って店に入った。
 
だが最初に目に飛び込んで来たものは、その赤ちゃんの遺影だった。
 
やっぱりダメだった。誕生日まで生きていられなかったようだ。彼女も知らなかった。葬儀の連絡が来るほど親しい間柄でもなかった。
 
でも、こうやってみんなで誕生日パーティはやっている。
 
マスターに話を聞くと、亡くなったのはおとといらしい。
 
葬儀が終わってみんなで食事をしていた時、参列してくれた常連客の一人が
 
「マスター、誕生日パーティやろうで!」と言い出した。
 
それを聞いた他の常連客も「おう、やろう、やろう!」と言い出した。
 
最初で最後の誕生日パーティ。マスターたちも準備していたし、他の人もそう言ってくれるんだから、ということで予定通りパーティをすることにした。
 
常連客もその赤ちゃんへのプレゼントを持って、今日、いっぱい集まってくれた。葬儀の後での誕生日パーティだ。
 
もう着るはずがない服、飲むはずもないミルク、遊ぶことのないおもちゃ。みんなが持ち寄ったプレゼントは遺影の前に置かれていた。
 
そして彼女の持ってきたおもちゃも一緒に置かせてもらった。明け方近くまで飲んで騒いだ。時々マスターも奥さんも涙ぐんでいたが、誕生日パーティは無事終了。
人の情けとはありがたいもの。

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